三枚の写真が提示されるところから始まる、この小説とも独白とも取れる書籍は薄い。
けれど読み終えた時、葉蔵という一人の人物の人生を、彼の頭の中からずっと見ていたような感覚に陥った。
濃縮された引き込まれる作品だった。
周りの人間たちの本質を恐れながらもぎこちなく関わりを待とうとした幼少時代。
おそろしい美貌を持ちながら、やはり人と歪んだ関わり方をしてしまう学生時代。
そして、大人になってから社会活動の仕組みをわかってきたものの、それでも苦労し時に流されて様々な中毒に身を染めた最期。
三枚の写真をもとに紡がれる独白には、きっとどこかに誰しも重なる部分を見つけることがあるのではないだろうか。
例えば私は、葉蔵が〝ごはんを一粒でも食べ残す度毎に、また鼻をかむ度毎に、山ほどの米、山ほどのパルプを空費するような錯覚に悩み自分がいま重大な罪を犯しているみたいな暗い気持ちになった〟ところに共感を覚えた。
私はもともと、太宰治作品が好きだ。
それは人の神経の端っこ、細く弱い繊細なところを肯定してくれる作家だと思ったためだ。
葉蔵の最期を物語としてのハッピーエンドとして描かなかったところに良さがある。そう思った。
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